2014年08月13日

GODZILLA

観に行ったのにすっかり忘れてたゴジラ。
今更ながら感想書いてみます。

【ストーリー】
1999年、フィリピンで炭鉱を調査していた芹沢らは、巨大な恐竜のような化石を発見。化石には別種の生物の繭が寄生しており、付近には巨大な何かが這い出たような痕跡が残っていた。同年、日本の雀路羅(じゃんじら)市にある原子力発電所に勤務するブロディ夫妻は、突如起こった地震による原子炉の暴走に遭い原発は倒壊、サンドラは死亡する……
(Wikipediaより)

初代ゴジラのリメイクと聞いてたんですが結局観に行く当日までに観る事は出来ず。
でも十分楽しめました。まさに怪物アクションの元祖。
しかし残念ながらこの直前にロストエイジを観ていたのでケン・ワタナベ氏が出るたびにドリフトを思い出してしまい以下略



☆☆☆☆★



一応折り畳み。




ストーリーとしては単純明快な「ゴジラが暴れてる!」→「他の怪物がー!」「アーッ!」→「ゴジラが地球の守護者……だと……」という流れ。
実は私はゴジラ自体は幼き日に「ゴジラ対キングギドラ」を劇場鑑賞し、同じく「ゴジラ対モスラ」で例のあの歌をやたらと歌っていた過去があるんですが、その二作品の知識しかなかったので何となく「ゴジラ=イイモン」の発想がピンときませんでした。
ゴジラ対キングギドラで人々が逃げ惑う様に怯えていたのをよく覚えているので、私の中ではゴジラ=無慈悲な破壊者だったんですね。

でもこのGODZILLAでは別にそんなこたぁありません。
見方を変えれば「ゴジラやめて!都市のライフポイントは0よ!!」って感じなんですが、そんなのはトランスフォーマーたちに比べたらマシなもんです(爆発の規模的な意味で)。
でもこの作品ではゴジラ以外にもっと甚大な被害を及ぼす生命体(ムートー)が存在しているので、海の中を泳いで移動してくれるゴジラは実に良心的な生命体です。

このムートーが人類の敵で、ゴジラはどちらかというと地球の自然の守護者というか調停者というか代弁者というか、そんな立ち位置に存在しています。それが分かるのは最後の方だーけーどー。
なので、ラストはムートーVSゴジラの決戦となります。
主体で描かれるのは人間で、人間はゴジラの存在に怯え戸惑うものの、最後にはゴジラの存在に感謝する。
まぁそんな感じの流れです。
ムートーは観てて物凄く暴走したエヴァンゲリオンを彷彿とさせたんですけども、一途に相棒を捜し求める所とかメスの方が大きい所とか、なんとなーく自然の摂理を思わせて嫌いじゃなかったです。
気持ち悪いけど。
あれアニメに出てたら確実に使途だな、って思いました。
エヴァ知らないけど。

人間たちの方は、ストーリーの方でも名前の出ているブロディ家の方々がメインです。
妻を目の前で無くしたブロディ父と、当時まだ幼かった息子とその嫁と子供。
息子の方は軍人で、彼の視点で物事が進んだりします。
他には我らのケン・ワタナベがイケメンすぎてときめきました。英語が本当に達者になられた……
このブロディ息子は某軍人くらい死亡フラグをべっきべきにへし折りながらムートーとゴジラに迫って行きます。
何個死亡フラグあったかしら、というくらい。
最後には感動的に家族と再会しますが、やはり某軍人を思いだしました。
最近のアメリカ軍人はトテモツヨイ(棒)

ラスト、ムートーとの戦いで力尽き倒れたゴジラを見てしみじみと戦いに思いを馳せる人間たちと伏したゴジラのカット。
だが安心するがよいゴジラは無敵じゃ!という感じでお寝坊ゴジラはおっきして海の中に還って行くんですけども、この寝起きゴジラが物凄くキュートだったので目玉かっぽじって最後まで見ましょう。
ゴジラのスタイルは日本式ずんぐりむっくりなので。


ゴジラのエピソードとして何が好きだったかって、ケン・ワタナベがアメリカ式のGODZILLAという呼び方ではなくあくまでも「ゴジラ」という発音にこだわって押し通したという部分。
とても嬉しくて好きでした。
posted by カル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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